潮岬灯台
望楼の芝生
潮岬観光タワー
サイト内リンク
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
|
![]() 潮岬の鯨山見跡 |
![]() 山見跡への小道 |
![]() 文字は12ピクセル |
情報提供:古座川街道やどやの会
潮岬の望楼の芝の南西に、神功皇后が朝日を遥拝したという言い伝えがある「旭の森」という一画があり、海辺に沿って遊歩道がつくられています。遊歩道から少し離れたところに、山口誓子(1901-1994)と、その一門の山口超心鬼(1925-2010)の二つの句碑が並んでいます。
誓子の句は「太陽の 出でゞ 没るまで 青岬」。昭和33年(1958年)に、この地で詠んだのを記念して、昭和35年に串本町と串本俳句会が建立しました。太平洋に突き出した潮岬では、太陽が東の海から出て西の海に沈むまで見ることができる様子が詠まれています。なお、この句碑が建てられている岩は、神功皇后がここで酒宴を催したという言い伝えから「盃岩(さかずきいわ)」と呼ばれています。
誓子の句碑と並んで、誓子の弟子で、俳壇の重鎮として活躍した山口超心鬼(和歌山市)の句碑が立っています。「串本節 踊りし後の 芝を焼く」。毎年1月末の土曜に行われている「望楼の芝焼き」イベントを詠んだ句で、平成19年に自ら建立したものです。(2014.2.2)
![]() 誓子と超心鬼の句碑 |
![]() 誓子の句碑 |
![]() 超心鬼の句碑 |
情報提供:古座川街道やどやの会
本州最南端の潮岬灯台駐車場の近くに、うっそうとした森があります。森林内を旧道が通り、スダジイやウバメガシの木が茂り、昼なお暗い樹木のトンネルになっています。
この森は第二次大戦末期には食料確保のため伐採され、芋畑になっていました。戦後半世紀以上を経て、ふたたび熊野本来の照葉樹林に戻りつつあるところです。
この森の中に小高く塚のように盛り上がり、巨石が点在する場所があり、このため「高塚の森」と呼ばれています。この磐座のような巨石と塚については、かつては小祠があり、信仰対象となっていたようで、応神天皇の従者の墓であるとか、さまざまな伝承がありますが、昭和44年(1969年)ごろから地元の研究者や学識経験者による調査が行われ、古代の太陽崇拝の祭祀遺跡ではないかという説も唱えられています。森の中には遊歩道があり、熊野本来の森の雰囲気を楽しむことが出来ます。(2014.1.24)
![]() 高塚の森 |
![]() 高塚の森の中の遊歩道 |
![]() 高塚の部分 |
情報提供:古座川街道やどやの会
本州最南端で吉野熊野国立公園エリアの潮岬に来ると、誰もが訪れる場所が「望楼の芝」です。その名の「望楼」の由来となる遺跡が、望楼の芝の南西部の「旭の森」に残されています。
今は樹木に覆われ、屋根が崩れ落ち、周囲の壁と窓の一部が残るだけですが、これは明治27年(1894年)に作られた海軍の望楼(監視所)の遺構で、同年に勃発した日清戦争を受けて、海軍が沖を通る船舶を監視するために築いた施設です。
赤煉瓦の上にコンクリートを巻いた平屋の円形の建物で、海に面してぐるりと監視窓が設けられ、広範囲に海上が見渡せる構造になっています。日露戦争のときは、ロシアのバルチック艦隊を監視、警戒するために使われたそうです。(2014.1.9)
![]() 海軍望楼跡 |
![]() 夢の跡 |
情報提供:古座川街道やどやの会
潮岬灯台の真下の磯には様々な色やかたちをした岩石が見られます。これらの多くは約1500万年前の中新世に熊野地方で起こった大規模な火山活動が形成した火成岩から構成されています。
潮岬と紀伊大島は、海底火山活動によって生まれた「潮岬火成複合岩帯」と呼ばれる地質からなり、海底火山に特徴的な枕状溶岩や玄武岩質溶岩などの噴出岩と、花崗斑岩などの貫入岩が入り交じった火成岩帯で構成されています。
地球の歴史の一端が垣間見えるミニジオパーク(地質遺産公園)とも言うべきこの磯へは、潮御崎神社の鳥居近くの小道をたどって行くことができますが、急傾斜と荒々しい地形に合わせた靴をはく必要があります。(2014.1.3)
![]() 岩層1 |
![]() 岩層2 |
情報提供:古座川街道やどやの会
潮岬灯台の門を左手に見て奥(海岸側)に進むと潮御崎神社があります。
社伝によると、潮御崎神社の創始は「第十二代景行天皇28年潮岬は字御崎の地にある「静之窟(しずのいわや)」へ少彦名命を始めて勧請した」とあります。その後静之窟より静之峯へ遷座され、後貞観12年(871年)5月潮見の端へ遷座しましたが、明治2年、この地に「潮岬灯台」建設が決まり、このため再び旧地「静之峯」へ遷座し、明治31年6月社殿を改築して 今日の姿になりました。
台風のためか境内は立派な石垣で守られ、拝殿前には町指定文化財の「御綱柏(みつなかしわ)」の木があります。(2011.9.19)
潮御崎神社鳥居 |
境内の石垣 |
情報提供:市民の力わかやま
潮岬の東側の出雲(いずも)漁港に「オソのガバ」と呼ばれる小さな洞窟があります。昔ここにオソ(カワウソのこと)が棲んでいて、海で泳ぐ子供の尻を取りにくると恐れられていましたが、近くの朝貴(あさぎ)神社の神様がオソを懲らしめ、追い払ったので、以後子供達は溺れることがなくなり、安心して泳げるようになった、という民話が伝わっています。明治時代には、まだ河川や海岸に普通に見られたオソ(ニホンカワウソ)も、魚を餌とするために漁師から嫌われ、また毛皮を穫るために乱獲され、絶滅してしまいました。
朝貴神社の社殿の前には、南方に棲息する巨大なシャコガイの貝殻が水盤として置かれています。神社の先の海岸では、ハマユウやハマヒルガオが咲き乱れる美しい風景が楽しめます。(2011.2.17)
![]() 出雲漁港のオソのガバ |
![]() 朝貴神社のシャコガイの水盤 |
![]() 美しい出雲海岸 |
情報提供:古座川街道やどやの会
近畿大学水産研究所大島実験場では、2004年クロマグロの完全養殖に成功しました。1970年にマグロの養殖研究に着手して30年を超える地道な研究の成果です。そして、クロマグロの漁獲禁止が叫ばれ始めた中の2004年には養殖クロマグロを初出荷しました。
この近大養殖クロマグロは、潮岬観光タワーの2階レストランで食べることができます。写真の近大マグロ丼セットが1500円。色は大トロ、味は中トロです。横の写真のマグロのカマの巨大なあらだきが500円で、巨大なのでお持ち帰り可能です。是非、潮岬に行って味わってみて下さい。(2010/7/15)
![]() 近大マグロ丼セット |
![]() マグロのカマの巨大なあらだき |
情報提供:市民の力わかやま
![]() 望楼の芝 野焼き |
![]() 勇壮な和太鼓演奏 |
毎年1月最終土曜日に開催されます。「串本黒潮太鼓」の勇壮な演奏の中、火矢によって点火され、3万坪の芝生は1時間足らずで炎に包まれます。夕闇の太平洋を背に燃える炎はあたりを幻想的な世界に変えます。串本で獲れる「とびうお」を使った名物「しょらさん鍋」がふるまわれます。(2006.4.28) 写真提供(2012.1.29)
| 問合せ | 0735-62-3171(串本町観光協会) 天候により開催日が変更になった場合は、こちらへお問合せください。 |
情報提供:わかやまインターネット市民塾
写真提供:古座川街道やどやの会
日本風景街道 熊野 〜シーニックバイウェイ紀南〜このホームページは、紀南の地域を愛する団体によって運営されています。運営団体について |