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熊野古道大辺路(滝、磯、道など)

堀切の滝熊野古道大辺路は本州最南端串本町に入り、市街地の北側の「くじの川」に沿って、紀伊姫駅付近へと至ります。その後はほぼ国道42号線に沿って古座川河口付近へ進みます。
 このコースには、小さいが風情のある滝や磯、石畳は残っていますが、自然道そのもののような道などが数多く見られ癒されます。その中で、まず堀切滝とイガミの滝を紹介します。

イガミの滝 堀切滝は、古座川の東約1kmを流れる串本町津荷(つが)の津荷川を、約1km遡ったところにあり、落差は4mほどですが、滝壺は直径約15m、深さ3mあります。この青々とした広い滝壺は夏には地元の子供たちの絶好の水泳場となっています。
 イガミの滝は、大辺路地蔵峠越ルートを古座川町池野山から串本町佐部(さべ)方面に古道を下ると、ナメトコ状の岩盤をくねくねと削りながら流れる小川に出ます。その岩盤の終端が落差3メートル程の小さな滝です。(2014.5.16)

耳より情報

浮き島現象

浮き島現象寒さが厳しく、よく晴れた冬の日には、水平線上の島や船、岬の先端などが、海面からまるで浮き上がったように見えることがあります。これが「浮き島」現象です。
 もちろん、実際に島が浮いているのではなく、蜃気楼の一種と説明されています。冬の晴れた日は気温が海水温より低くなることがありますが、海面上の空気が暖められるのに対して、上空の空気がそれよりも冷たいという温度差が発生します。光は、冷たく密度の高い空気の方に少し屈折して進むため、景色が浮き上がって見えるというわけです。
 とくに大辺路街道沿いの串本町姫地区の海岸からは、紀伊大島樫野埼付近の浮き島現象がよく見られるため、冬の風物詩にもなっています。(2015.4.1)

情報提供:古座川街道やどやの会

牟礼山(和深富士)

串本町和深に「牟礼山(むれさん)」という標高366mの円錐形の山があります。その美しい形から俗に「和深富士」とも呼ばれ、和深の人々のほとんどは学校の遠足で登った経験があり、校歌にも歌われるほど地元のシンボルともいえる存在になっています。
 山頂には嘉永元年(1848年)の年紀が刻まれた石造りの祠と石灯籠があり、かつては信仰の対象だったことがうかがえます。今はスギやヒノキの植林が育って展望がきかなくなっていますが、海に向かって開けた場所からは、串本町の中心部や潮岬が一望できます。

 登山口は林道和深〜鶴川線の和深側出口付近の林道案内板が目印となります。その近くの山に入る細く曲がりくねった舗装道を上がり、その突き当たりが登り口です。(2014.12.11)

牟礼山(和深富士)
牟礼山(和深富士)
山頂の祠
山頂の祠
牟礼山からの眺望
牟礼山からの眺望

情報提供:古座川街道やどやの会

八郎峠入口の道標地蔵

峠入り口の道標地蔵串本町上田原〜那智勝浦町中里間の山越えの古道が大辺路八郎峠越えルートですが、正式な「官道」としての大辺路は、串本町田原から清水峠を越えて那智勝浦町浦神へ抜ける海沿いルートだとされています。しかし、八郎峠越えルートは古くは「代官道」と呼ばれており、また上田原の古道入口付近に「なち道」と刻まれた道標地蔵が残っていることから、この八郎峠越えも官道に劣らぬ主要道であり、那智山への参詣道として使われていたと考えられます。
 この道標地蔵は高さ約48cmで地蔵立像の両側に「右ハうらかミ道 左ハなち道」、下方に「俗名平介」と刻まれています。「うらかミ」とは浦神のことで、「うらかミ道」とは、この地蔵の近くに昔から魚の行商人が使っていたという那智勝浦町浦神へ至る山を抜ける連絡道があり、この道を指すと思われます。(2014.11.16)

情報提供:古座川街道やどやの会

八郎峠越え

串本町上田原から八郎山(標高250m)の八合目付近にある八郎峠を越え、那智勝浦町中里に抜ける山間の古道が大辺路八郎峠越えルートです。ここは古くは「代官道」とも呼ばれ、公用で利用された古道だったと思われますが、大辺路で世界遺産に登録されている「長井坂」に良く似た、ウバメガシなどの照葉樹林帯を通り抜ける古道がよく残り、尾根道には土を何層も叩いて積み上げた版築(はんちく)構造の道も残っています。
 峠には「おふき地蔵」とよばれる地蔵尊の石垣で囲われた祠があり、「宝暦十一巳五月廿四日 上田原村十蔵妹おふき」との銘文が刻まれています。宝暦11年(1761年)に建立されたこの地蔵は、ふもとの人々から疝気(せんき=腹痛)抑えの地蔵として信仰され、わらじを逆さにふせてお願いすれば腹痛がおさまると信じられています。
 峠から南東の急峻な尾根を登れば、三角点が置かれた八郎山頂に着きます。ここから晴れた日には360°のパノラマ風景が楽しめます。北東方向に那智山や大雲取越の山々、南西方向には紀伊大島や潮岬が遠望でき、高度は低いものの熊野の名山のひとつといえましょう。(2014.11.11)

八郎峠からの眺望
八郎峠からの眺望
八郎峠道
八郎峠道
おふき地蔵
おふき地蔵

情報提供:古座川街道やどやの会

林道 和深鶴川線

林道 和深鶴川線は、2007年2月に開通した、串本町里川〜高富間を結ぶ全長約18kmの林道で、標高数百メートルの山間部をほぼ東西に縦貫し、ところどころに那智山系をはじめとする紀伊山地の山々や、太平洋方面の潮岬や紀伊大島を望む絶景ポイントがあります。
 また、途中の峯ノ山からは古座川町三尾川に尾根道を下る登山道もあり、古座川の一枚岩や嶽の森山などの眺望も楽しむことができます。(2014.10.24)

和深鶴川林道
和深鶴川林道からの眺望1
和深鶴川林道1
和深鶴川林道からの眺望2

情報提供:古座川街道やどやの会

大鎌の大滝

大鎌の大滝「大鎌の大滝」は、古座川支流の三尾川に注ぐ比曽原川(ひそはらがわ)のさらに上流の大鎌川(おおがまがわ)にある滝で、すさみ町と串本町の境界近くにあります。「大滝」という名前に相違して落差は5m程度にすぎませんが、滝壺が池のようにたいへん広く、周囲の渓谷美も素晴らしいものがあります。林道脇に「大滝」の案内看板があり、そこから滝に降りる道があります。(2014.10.1)

情報提供:古座川街道やどやの会

姫川の滝

串本町姫から姫川に沿い、弘法大師が開いたと伝えられる霊場、重畳山(かさねやま)に向かう参道があり、その途中に「姫川の滝」があります。落差約10mのこの滝は「お滝さん」と呼ばれ、古くから地域の信仰を集めてきました。とくに頭部には霊験があると信じられ、「脳神様」とも呼ばれ、今も受験生が合格祈願に訪れます。滝壺の脇には不動明王と稲荷神を祀る小さな祠もあります。
 「姫川」や下流の「姫」という地名は、山上の重畳山神社の主祭神が滝姫神であることに由来すると言われていますが、ここにも同じ滝姫である3女神(=多岐理姫(たぎりひめ)、多岐都姫(たぎつひめ)、市寸島姫(いちぎしまひめ))が祀られていて、9月下旬には例祭が行われます。これら3女神は、九州福岡の宗像大社の主祭神であり、海の神として信仰を集めていることから、古代に人々と共に九州方面から海伝いに渡来したのではないかと考える郷土史家もいます。
 例祭に際して昔は、滝壺で水垢離が行われ、水を掛け合ったり、「かわらけ」を投げ合ったりという行事が行われていたそうです。(2014.9.24)

姫川の滝
姫川の滝
姫川の滝脇の地蔵
滝壺脇の祠

情報提供:古座川街道やどやの会

新田平見の古道

新田平見の古道串本町の富山平見の石畳道と並んで、大辺路でもっとも保存の良い古道のひとつが串本町新田平見から左立谷(さだてだに)へと下る古道で、約50m以上にわたって幅広い石段と石畳が現存しています。平見の上にはまだ石畳が埋もれていますが、古道の保存のため、発掘せずそのままにされています。(2014.8.20)



情報提供:古座川街道やどやの会

便田ノ滝

便田ノ滝枯木灘に注ぐ串本町田子(たこ)の田子川上流の林道沿いに「便田ノ滝(びんだのたき)」があります。落差約15mの見事な滝で、林道の法面には観音菩薩が祀られています。滝を間近に見るには林道から谷へ、道のない急斜面を降りるしか無く、注意を要します。(2014.8.15)

情報提供:古座川街道やどやの会

江田海岸

江田海岸 串本町江田の熊野古道大辺路は海岸の山裾を通り、磯歩きの道だったようです。江田の磯は海食台で、斜めにノコギリの刃のように波状の岩が続く、独特の荒々しい景観をしています。海底の泥と砂が固まった第三紀層が隆起したもので、浸食作用で砂岩などの固い地層が残り、波状の地形が形成されました。このあたりは貴重な動植物や自然景観が残り、枯木灘県立自然公園に指定されています。(2014.7.29)

情報提供:古座川街道やどやの会

吐生の滝

串本町有田の有田神社からさらに川を遡り、吐生(はぶ)の集落から山にはいったところに「吐生の滝」があります。高さは約20mですが、普段は水量が少なく、岩の表面を伝い落ちる水を集めて飲めるように樋が作られています。この滝は「お滝さん」として崇敬される霊場でもあり、滝の前には白衣観音を祀るお堂が建てられ、滝壺には願い事を書いた白い石がたくさん手向けられています。その縁起として次のような伝説があります。
 昔、三人の落ち武者がこの滝に辿り着いたところ、滝壺に白衣観音の化身の美しい天女が現れ、「自分を祀れば腰から下の病を癒しましょう」と告げました。それからは病気快癒を願って滝の水を頂きにくる人々で賑わうようになったということです。
 なお、地元では、この滝には午後を避けて、午前中にお参りするのが良いとされているそうです。(2014.7.1)

吐生の滝
吐生の滝
白衣観音
白衣観音

情報提供:古座川街道やどやの会

色ずくハマセンダン

四季を通じて青々した常緑樹の多い紀南の森ですが、真冬の海岸沿いの雑木林ではハゼノキの鮮やかな紅葉に混じって、黄色く色ずいた高木が目につきます。これがハマセンダン(ミカン科)で、暖地の海岸に分布する南方系の樹木です。
 串本町内の国道42号線沿いの海岸には普通に見られますが、三重県南部が北限といわれ、和歌山県レッドデータブックでは「準絶滅危惧」に指定されています。(2014.6.24)

色づくハマセンダン
色づくハマセンダン
ハマセンダン2
色づくハマセンダン

情報提供:古座川街道やどやの会

池ノ谷の寝仏

古道と石仏群串本町田並〜有田間の大辺路古道はAコープ前で国道42号線から田並川を渡り、ほぼ旧国道沿いに進みます。田並川を渡った向地という住宅地と、池ノ谷に入ったところに石仏群があり、それぞれ江戸時代の年紀が入った地蔵尊と墓碑が6体ずつ集められています。池ノ谷の石仏は古道脇のスギの根元に安置されていて、ここには小さい涅槃仏(寝仏)の像があり、大変珍しいものです。
 古道ルートは池ノ谷の細い坂道を通って旧国道に上がります。現在この坂道はオートバイで上がれるように舗装されていますが、昔は立派な石畳道だったそうです。(2014.6.18)

向地の石仏群
向地の石仏群
珍しい涅槃仏
珍しい涅槃仏

情報提供:古座川街道やどやの会

才助の滝

串本町のJR田並駅から田並川に沿って遡り、右側の谷に入って約5kmほどの林道終点に「才助の滝」があります。滝は左右に2つあり、樹木が茂りうっそうとしたお堂をはさんで右側が雌滝(落差約20m)、左が雄滝(落差約30m)で、垂直に近い岩場表面を何本かの筋になって伝い落ちる穏やかな滝です。
 お堂の周囲には修験者たちが刻んで奉納した石碑が置かれ、かつては行場であったと思われます。滝の手前まで舗装された狭い林道が続きますが、奥に行くほど路面が落石や倒木で荒れているので、最後の民家のすぐ先の駐車スペースでクルマを降り、徒歩(片道約40分)で行く方が安全と思われます。(2014.5.27)

雄滝
雄滝
才助の滝のお堂
お堂
雌滝
雌滝

情報提供:古座川街道やどやの会

さらし首層

さらし首層串本町西部、田子(たこ)地区の海岸に、平らな磯に丸い岩石がごろごろころがっている不思議な地形があります。潮が満ちると、丸い岩石が水面に出て、人間の頭のように見えることから「さらし首層」という面白い名が付けられています。
 地質学的には「含角礫泥岩(がんかくれきでいがん)」と呼ばれるもので、泥が固まった地層に含まれていた砂岩などの固い礫が波の浸食で露出して出来た地形といわれています。その成因については、沖合の海溝(南海トラフ)周辺で繰り返し起こる巨大地震によって地滑りが発生し、海底土石流となって柔らかい泥の層に岩石が堆積したものが長年の間に地表に現れたと考えられています。
 田子ドライブインからJR田子駅にかけての海岸一帯で見ることができ、ドライブインの前から国道42号線を横切って海岸に降りることができます。沖合の双子のような島は「双島」と呼ばれます。(2014.5.22)

情報提供:古座川街道やどやの会

田並の石畳道

田並の石畳道串本町田並〜有田間の旧国道沿いの山間部を通る大辺路街道は、比較的古道のたたずまいが保存されている地域です。とくに飛渡谷(とびやだに)には数十メートルにわたって石畳が残っており、周囲も照葉樹林帯で、古道の雰囲気が楽しめる区間です。ここは数年前まで雑木林でシダが茂り、古道ルートがわからなくなっていましたが、関係者の調査と刈り開きによって古道がよみがえりました。(2014.5.16)

情報提供:古座川街道やどやの会

勘九郎磯

勘九郎磯串本町津荷(つが)の国道42号線カーブに石切の鼻と呼ばれる地名があり、石切岩という切り立った岩があります。その先の磯は「勘九郎磯(地元読みは、かぐろいそ)」と呼ばれ、ここに住んでいた勘九郎という男の娘が村の男と恋仲になりますが、勘九郎が亡くなる間際、娘に「二人は本当はこの沖で古座の小山水軍に討たれた足利尊氏方の武将石堂義慶の子で、実の兄妹なのだ」と明かしたいう悲恋伝説があります。(2014.5.11)

情報提供:古座川街道やどやの会

田ノ郷の滝

田ノ郷の滝串本町田並で海に注ぐ田並川の源流に「田ノ郷の滝」と呼ばれる大きな滝があります。しかし、地図には田並川支流の源流にある「才助の滝」は出ていても、なぜか田ノ郷の滝は載っておらず、地元の人にしか知られていませんでした。修行場であった才助の滝までは比較的容易に行けますが、田ノ郷の滝へは道がなく、荒れた山林と田畑の跡を横切り、川を何度も徒渉して、ようやく辿り着ける中級者向けのルートと言えましょう。

 滝は林道和深鶴川線のすぐ下から垂直に流れ落ち、落差は40mにも達する直瀑で、地図に載っていないのが不思議なくらいの立派な滝です。滝に至る渓流の途中にも「志賀ノ滝」と呼ばれる姿の良い低い段滝があります。(2014.5.6)

情報提供:古座川街道やどやの会

七珍宝の滝

七珍宝の滝弘法大師開基と伝えられる神王寺とミニ四国八十八ヶ所霊場の石仏群で知られる重畳山(かさねやま)を水源とする滝のひとつに「七珍宝の滝(しっちんぽうのたき)」があります。落差約18mの末広がりの優雅な姿の滝は、かつて修験者の行場であり、雨乞いなども行われたといいます。
 串本町伊串(いくし)から重畳山への登山道(近畿自然歩道に指定)からの分かれ道を伊串川沿いに辿りアクセスできます(2014.4.27)。

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銚子の滝

銚子の滝四国八十八ヶ所霊場を模した石仏群で知られる重畳山(かさねやま)に源を発する伊串川の滝のひとつに「銚子の滝」があります。落差は10mもありませんが、途中で折れ曲がった二段の滝は風情があります。滝壺の脇には木造の東屋もつくられています。
 この滝から下流には、かつて行場であった「七珍宝の滝」があります。(2014.4.21)

情報提供:古座川街道やどやの会

地蔵峠

古座川町役場前から県道田原-古座線に沿って国指定天然記念物「高池の虫喰岩」を過ぎ、串本町佐部(さべ)へ越える道が大辺路地蔵峠越ルートです。現国道42号線沿いの海岸ルートが官道としての大辺路ですが、地蔵峠越ルートは古座川流域の住人が利用したり、海が荒れ、海辺の大辺路が通れないときの避難路としても利用されたと思われます。
 池野山の牧場の牧草地を横切り、山道に入ると、石段や石畳がところどころ残る古道が現れます。峠の古道の掘割りの脇に地蔵峠の名の由来となった高さ84センチの地蔵菩薩がたたずんでいます。享保6年(1721年)にふもとの古座川町池野山の小池家の先祖が、行き交う人の安全を願い建立したといわれています。峠付近の山道からは古座川方面の絶景が楽しめます。
 古道はここから串本町(旧古座町)に入り、佐部(さべ)へと下っていきます。そこから上田原を経て、かつて「代官道」と呼ばれた八郎峠越ルートへと接続します。この古道が比較的残る、静かで自然豊かな山越えの大辺路は、これまであまり知られていませんでしたが、国道と鉄道のために古道が多く失われた海岸ルートよりも最近人気が高まっています。(2013.11.10)

地蔵峠
地蔵峠
地蔵菩薩地藏
地蔵菩薩
地蔵峠からの眺望
地蔵峠からの眺望

情報提供:古座川街道やどやの会

田原湿地

串本町田原〜那智勝浦町浦神間の山間部に、JR線路と国道42号線の間に湿地が広がる場所があります。ここには堂道周辺、下才谷(しもしゃや)湿田、岩屋湿田の3つの湿地帯があり、モウセンゴケなどの希少植物や昆虫、特に水棲昆虫やトンボ類の宝庫となっており、「日本の重要湿地500選」にも選ばれています。ここの熊野古道大辺路は古道は残っていませんが、今の国道42号線の道筋に沿うルートであったことは古図で確認されており、とくに堂道では国道と湿地の間に国土交通省によって古道ウォークや湿地観察のための歩道が整備されています。またここは「日本の地質百選」に選ばれた「古座川弧状岩脈」沿いの地域でもあります。(2012.5.24)

田原湿地
田原湿地
整備された歩道
整備された歩道
モウセンゴケ
モウセンコケゴケ

情報提供:古座川街道やどやの会

大沛の磯

旧古座町津荷(つが)〜田原間の国道42号線沿いの海岸に、平らな磯がかなりの面積で広がっている磯があります。これが「大沛(おおはい)の磯」で、ここに立つとまるで千畳敷のような広大な空間に圧倒されます。地質学的には海食台と呼ばれるもので、浅い海底が隆起し、波に浸食されて平らな地形が形成されました。また、紀伊大島や荒船海岸が見渡せるここからの眺望はすばらしいものがあります。(2012.5.5)

大沛(おおはい)の磯
大沛(おおはい)の磯
磯から大島を見る
大沛(おおはい)の磯からの眺望

情報提供:古座川街道やどやの会


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