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七川ダム

七川ダム古座川上流の七川(しちかわ)ダム湖周辺では、春になると数千本の桜が咲き誇り、4月第1週には桜祭りが開催されます。(2006.4.17)

耳より情報

苔神社

苔神社古座川町の七川ダムのさらに上流に添野川(そいのがわ)地区があり、この地の産土神である若宮神社が向こう岸に祀られています。参拝者のために道路下に専用の橋が架けられています。創建年代は不明ですが、中世に承久の乱に破れ、古座川奥地に落ち延びた源氏の後裔とされる村上一族の分家で添野川の地を開いた松葉氏が、一族の氏神(十二所権現)を領地に勧請したのが始まりではないかともいわれています。
 明治期には、合祀令に従って、いったん村上氏の氏神である西川地区の丸山神社(元十二所権現社)に合祀されますが、遠く参詣に不便であるとの理由で、大正時代に再び分祀され、元の地に再建されたそうです。
 日陰で、うっそうとした川岸に建つこの神社の境内は、多雨地帯の風土のためか、美しい苔に厚く覆われ、「苔神社」とも呼べそうな風情が漂います。(2015.1.4)

苔神社全景
境内の苔
苔神社の苔
鳥居と苔

情報提供:古座川街道やどやの会

真砂集落跡と真砂舟

七川ダムのすぐ下流にあるのが真砂(まなご)地区ですが、かつては古座川の上流に産する備長炭などの林産品と下流からもたらされる生活物資の集散地として大変賑わったところでした。司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズの『熊野・古座街道』に、その繁栄の様子が描かれています。
 真砂地区は現在でこそ10数軒ほども家が無い過疎の集落ですが、昭和初期には150軒ほどが軒を連ねる古座川上流随一の集落で、銀行が2軒、登記所も1軒あり、小学校分校、床屋に映画館もあったということです。その集落の中心地の跡が国道から山側に石段を上がったところに残っています。
 真砂の繁栄を支えた物流を担っていたのが、「真砂舟(まなごぶね)」と呼ばれていた全長約8m、幅1.2mほどの川舟で、約800kgほどの荷を積み、帆を揚げ船団を組んで古座川を往来していました。現在七川ダムの堰堤があるあたりにかつては滝があり、それ以上は舟が上れなかったので、最上流の物流ターミナルとして真砂は栄えたわけですが、やがて道路が整備されるとともにトラック輸送が川舟に取って代わり、さらにエネルギー革命によって炭の生産も下火になり、真砂舟も真砂集落も急速に衰えてゆきました。昭和20年代後半にダム建設によって一時的に賑わいを取り戻しますが、それもつかのまで、集落跡や、かつて川舟が並んでいた船着き場跡を見ると、近代化遺跡として、物流革命やエネルギー革命による地域の栄枯盛衰をリアルに感じることができます。(2015.1.1)

情報提供:古座川街道やどやの会

真砂集落跡
真砂集落跡
美しい川面
美しい川面
真砂船
真砂船

佐田発電所

七川ダムは過去何度も氾濫した古座川の洪水調節と豊富な水量を利用して発電を行う多目的ダムとして和歌山県が建設し、昭和31年(1956年)に完成しました。水力発電についてはダム湖側面の取水口から水を山腹を貫く落差約55mの一本の水圧鉄管に導き、ダム下流に設置した佐田発電所内の水車発電機を回し、最大7,200kwの認可出力を得ています。佐田発電所は平成17年(2005年)に和歌山県から関西電力(株)に移管されました。(2013.1.23)

佐田発電所1
佐田発電所1
佐田発電所2
佐田発電所2

情報提供古座川街道やどやの会

石垣の郷・添野川

古座川町の奥地の集落、添野川(そいのがわ)は、立派な石垣が多い地域で、実際、昔は石工が何軒もあったそうで、寺院や小学校の門も石造りになっています。集落の中にある寺院(善光寺)も、立派な石垣を幾重にも結い回し、見るからに堅固な構造になっています。(2012.3.29)

善光寺
善光寺
石垣の里
石垣の里・添野川

情報提供:古座川街道やどやの会

上地橋

七川ダム湖畔は約3000本のサクラが植えられ、「日本の桜百選」にも選ばれているサクラの名所ですが、ダム湖の上流側に「上地橋(かみじばし)」という全長約200mの古座川最長の吊り橋が架かっています。
 この橋から眺めるサクラ並木はダム湖に映えて、一段と魅力的です。(2011.4.12)

上地橋と桜並木
上地橋と桜並木
上地橋全景
上地橋全景

情報提供:古座川街道やどやの会


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