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近露王子

近露王子熊野詣の宿場として賑わった近露の里の中に鎮座して、産土神としても祀られていたという近露王子(ちかつゆおうじ)は、王子社の中でも最も早く現れた王子のひとつです。
近くを流れる日置川は近露王子におまいりする前に潔斎をした清流で、川岸には後鳥羽上皇の御所もあったといわれています。(2006.3.31)

耳より情報

稲叢・穂積・鈴木

稲叢・穂積・鈴木野長瀬家のしだれ桜から北に30メートルほど入った睡蓮田のところに、稲叢が作られています。近露の住人が、近露の景観づくりのために作ってくれたものです。最近は機械で刈るので、もうほとんど見られなくなりました。
 また、稲叢=穂積=ススキで、鈴木姓のルーツと言われています。鈴木氏は、勝浦湾を根拠地とした豪族で、熊野旧三家の一つです。
熊野詣での盛んな平安末期に海南の藤白に移り住んだので、今は海南市の藤白が「鈴木氏発祥の地」として認知されています。写真の左奥にヤギが写っていますが、ススキは田を耕す牛の餌でもあったそうです。なにげない風景ですが、いろいろ奥深いものがあります。(2011.10.24)

情報提供:市民の力わかやま

近露王子碑の文字

近露王子碑の文字「近露王子之跡」と書かれた碑の文字は、記名はないですが、大本教主出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)の筆跡です。昭和8年(1933年)3月21日、王仁三郎がこの地に来た時、当時の近野村長横矢球男の依頼で筆をふるったのです。翌年1月それを彫りつけた王子碑が建立されました。その2年後の昭和10年12月大本教は、2回目のはげしい宗教弾圧をうけ、この碑も取り壊さねばならないことになりました。その時横矢は、「この文字は筆跡を自分が模写したものである」と主張し、保存していた王仁三郎の書を警察に提出しました。そして、碑面に彫られていた「王仁」の署名を削り、そこに「横矢球男謹書」と彫り改めて、王子碑の撤去をまぬがれたといいます。出口王仁三郎の筆跡の碑は全国に数多く建てられていましたが、他はことごとく破壊され、辛うじて残ったのはこの碑文だけとされています。(2010.5.14)

情報提供:市民の力わかやま

野長瀬氏・横矢氏一族の墓所

野長瀬一族の墓野長瀬氏は、大和十津川郷野長瀬組の出身で、13世紀初頭近露荘下司職となりました。元弘の変以後、楠木正成を助け、一方で南都から吉野に向かった護長親皇の危急を救ったと太平記にも記されています。その功績で「横矢氏」を賜りました。以後一族は、野長瀬或いは横矢と称し、南朝・後南朝を助けましたが、時に利あらず近露に帰荘し、勢力を張ったと言われています。
 豊臣秀吉の紀州征討にも抵抗したため、一族は離散してしまいました。数十年後に再び近露に戻り家を再興し現在に至っています。
 写真の墓碑は後南朝以後紀州征討の頃までの一族のものと思われます。付近の山中に長い間埋もれていたのを1960年初めに発掘して、ここに祀ったものです。五輪塔54基、宝篋印塔(ほうきょういんとう)6基に及び、まさに強者たちの夢の跡です。(2008.3.3)

情報提供:市民の力わかやま

比曾原王子跡

近露王子から小広(こびろ)王子まで7.5kmの熊野古道はほとんど生活道で、車も通れる旧国道の舗装道路です。熊野古道としてはちょっともの足りなく、世界遺産からもはずれています。
 近露王子を出て15分ほどで、大坂本王子から湯川王子までの間の9王子社を合祀ししている近野神社の前を通り過ぎ、山中に入っていきます。そして、出発してから約50分ほどで比曾原(ひそはら)王子跡に着きます。古道の少し上の杉林の中にひっそりと小さな石碑が立っているだけです。(2007.12.16)

比曾原王子説明板
比曾原王子説明板
比曾原王子跡
比曾原王子跡

情報提供:市民の力わかやま

野長瀬邸の庭

近露王子から約200m東に行った古道沿いに、この土地で南北朝時代から連綿と続き現在29代目の野長瀬家(のながせけ)があります。
この邸の庭に樹齢約280年と言われているシダレザクラが毎年見事な花を咲かせ地元紙の紙面を飾ります。当家第19代当主六郎可盛(ろくろうよしもり)氏が京都の祇園から苗木を持ち帰り植えた中の1本と言われています。(昭和48年町の文化財に指定、「中辺路町町史」より) 
よく手入れされた庭には季節を追って種々の草花が咲きほこります。見どころは桜ばかりではなく、花の季節は桜のピンクと隣のユキヤナギの白とのコントラストが抜群です。(2006.4.18)

野長瀬邸の庭
野長瀬邸の桜

はなみずき
はなみずきは5月から6月中旬が見ごろです。

情報提供:うた加楽衆

ひすいの湯

ひすいの湯掛け流しの温泉です。毎日掃除してお湯をため直すそうです。湯船に浸かったままで日置(ひき)川のせせらぎが見え、春は桜、秋は紅葉、冬は雪見が楽しめ、熊野古道を歩いて疲れた身体をゆったりと癒せます。(2006.3.31)

情報提供:つれもてネット南紀熊野


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