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野中の清水・野中の一方杉・秀衡桜

野中の清水

野中の清水野中の清水(のなかのしみず)は、継桜(つぎざくら)王子の真下、旧国道沿いに涌き出ている清水で、日本名水百選のひとつにも選ばれています。古来より涸れることなく水が湧出し、旅人がのどを潤した絶好の休憩所でもありました。(2006.3.31)

野中の一方杉

野中の一方杉野中の一方杉(のなかのいっぽうすぎ)は、国史跡、県指定天然記念物の名木で、継桜王子の境内を覆うかのようにそびえる樹齢800年の杉の巨木群です。すべての枝が南の方角、すなわち那智山の方角を指しているといわれるご神木です。(2006.3.31)

秀衡桜

秀衝桜秀衡桜(ひでひらざくら)は、継桜王子社から約100m東の道端にあります。平安時代後期、奥州の豪族、藤原秀衡が滝尻の岩屋に残したわが子の無事を祈念して、そこにあった桜を手折り、別の木にその桜を継いだという伝承があります。植えつがれていまの桜は何代目かになります。(2006.3.31)

耳より情報

大きなログハウス

日野武道研究所継桜王子を出て、約1kmほど歩くと中川王子です。杉林の中をさらに歩いて、1kmを過ぎたあたりに311号線に下りる道が分岐しているところがあります。この辺りから右手先、311号線の小広トンネルの上辺りに大きな六角形のログハウスが見えます。このログハウスは、和歌山県在住の日本の古武道・古武術の研究家の日野晃氏が主宰する「日野武道研究所(道場)」で、内弟子6人とともに、1980年代の10年をかけて手づくりしたものだそうです。
 ここから平坦な道を歩いて20分ほどで小広王子に着きます。(2010.4.22)

情報提供:市民の力わかやま

熊瀬川王子(くませがわおうじ)

熊瀬川王子熊瀬川王子は、小広峠を下って熊瀬川をわたり、草鞋峠を登る道の傍らにあります。
この王子社が記述されている史料は仁和寺所蔵の『熊野縁起』のみで、また熊瀬川は草鞋峠の登り口の辺りをだけでなく小広峠付近も含めた一帯を指すことから、小広王子と熊瀬川王子は同一の王子という説や、王子社そのものの存在を疑問視する説もあります。(2010.2.17)

情報提供:市民の力わかやま

湯川王子

湯川王子湯川王子は、九十九王子のうち比較的格式の高い准五体王子で、岩神峠のふもとの湯川川の源流域の谷間に祀られています。ここは参詣道の要地で、上皇や貴族などがしばしば宿泊・休息をしたところとされており、谷川は「みそぎ」を行ったところだといわれています。
 ここの湯川一帯は、戦国時代に御坊平野を中心に紀南に勢力を誇った湯川氏の発祥の地と言われています。1427年(応永34年)に足利義満の側室北野殿が参詣した際には、奥湯川氏を名乗る豪族の一党が兵を従えて迎え、もてなしたと伝えられています。(2010.2.7)

情報提供:市民の力わかやま

岩神王子(いわがみおうじ)

岩神王子仲人茶屋から男坂と呼ばれる岩神峠を登ります。中辺路の熊野古道で最も険しい難所とされています。この険しい岩神峠の男坂を上った頂上にある王子社跡です。この岩神王子は、藤原宗忠が食料がつきてうずくまっていた目の見えない人に食事を与えたという場所であり、湯川一族の祖先・武田三郎が参詣人を襲う山賊を退治した伝えられている場所でもあります。(2010.2.13)

情報提供:市民の力わかやま

仲人茶屋跡(なこうどちゃやあと)

仲人茶屋跡小広峠のバス停から熊野古道に入って熊野本宮大社を目指します。20分程で「熊野川王子」です。15分上って草鞋峠に出て、そこからの下りを女坂と呼び、それから岩上峠に向かうつづら折れの急な坂を男坂と呼びました。この二つの峠の谷間に茶屋があり、女坂と男坂をつなぐ茶屋なので「仲人茶屋」と呼んだのです。
 また、この付近にはトチの大木が多かったため、この茶屋手前の川を「栃の川」と平安時代から呼んでいたそうです。(2009.9.15)

情報提供:市民の力わかやま

とがの木茶屋

とがの木茶屋継桜王子、一方杉のすぐ横、熊野古道沿いに建つのが「とがの木茶屋」です。風情のある姿は熊野古道を紹介する写真によく登場します。見晴らしのきく茶店の前からは、眼下に野中の里、そしてそれに続く山並みが眺望できます。古道ブームで、ここの女将さんはテレビによく出演されています。
 「とがの木茶屋」は、民宿としても利用できる熊野古道沿いの茶屋です。予約すれば「お茶粥定食」「薬膳定食」などがいただけます。これからもずっと残っていてほしい茶屋です。
 とがの木茶屋のトガは方言で、ツガのことです。モミに似ていますが日本固有の木です。(2008.5.18)
営業時間――8:00〜16:00(食事は予約制)

情報提供:市民の力わかやま

蛇形地蔵(じゃがたじそう)

蛇形地蔵湯川王子の近くに地蔵尊があります。この付近で出土した、海藻の化石が蛇の鱗のように見えることから「蛇形石」と名づけられ、それを背において祭られているので『蛇形地蔵』と呼ばれるようになりました。明治22年の大水害以前は旧岩上峠にあり、熊野古道の難所であった岩神付近で、病気や飢餓で行き倒れて死亡する者が多く、その亡霊が旅人につき災厄が絶えなかったので岩神峠に建立されたそうです。ぜん息や腰痛に霊感あらたかとされ、近年遠近地からも参詣者が訪れます。(2008.2.22)

情報提供:市民の力 わかやま

おぎん地蔵

お岩神王子から急な坂を下っていくと、道の右手に地蔵がまつられています。この地蔵には「妙安自楽信女、俗名おぎん」と刻まれいます。この女性は京都の芸者で、道湯川の住人で婚約者の湯川豊之亟をしたってここまで来て、もうすぐ道湯川という所で、二人組の追いはぎに襲われ命まで奪われてしまいました。土地の者がその死を哀れんで、地蔵をたて、おぎん地蔵と呼ぶようになりました。(2008.2.22)

情報提供:市民の力 わかやま

安倍晴明の腰かけ石

安倍晴明の腰かけ石継桜王子の秀衡桜を少し先に行ったところに、上部の平たい座り心地の良さそうな石があります。この石は、安倍晴明の腰かけ石と呼ばれているものです。平安時代の陰陽道の大家、安倍晴明が熊野をめぐる途中でこの石に腰をおろして休んでいた時、上の山が急に崩れ落ちそうになりました。その時に、晴明は得意の呪術(まじない)によって、崩壊を未然に防いだと伝えられています。(2008.1.16)

情報提供:市民の力わかやま

小広王子

小広王子車道の小広(こびろ)峠には、バス停・小広王子の説明板、そして写真の左奥に上部の折損した緑泥片岩の小広王子碑が建てられているのが見えます。古くからあった王子ではなく、史料では1700年代に初めて登場します。また、明治の道路改修以前は、もとの高い峠の上にあったと言われています。小広は「吼比狼」(狼の声が聞こえる)ことから来ているらしく、山深い峠だった思われます。現在は、この小広峠を挟んでコロッと天候が変わると言われています。
 明治末期まで社殿はなかったのですが、小広王子神社として祀られていて、明治42年に、近野神社に合祀されました。(2008.1.14)

情報提供:市民の力わかやま

中川王子

中川王子継桜王子から約1km程歩いて、高尾隊道口を過ぎてすぐの所から、200m程山の中に入っていくと、「中川王子」と刻んだ緑泥片岩の碑が見られます。熊野古道はこのあたりを通っていたと思われます。天仁2年(1109年)の『中右記』に「仲野川王子」の名で出てくる古い王子社で、ここには仮泊所もあったそうです。しかし、荒廃も早く江戸時代には、すでに石碑だけになっていたようです。
 明治42年には、金毘羅神社(現・近野神社)に合祀されました。(2008.1.12)

情報提供:市民の力わかやま 和歌山県

継桜王子

継桜王子比曽原王子から1km程歩くと次の王子「継桜(つぎざくら)王子社」に着きます。一方杉の間の鳥居をくぐり、急な石段の上に王子社跡の石碑と社殿とがあります。根元の檜と桜を接ぎ(継)木したと言われている銘木「秀衡桜」が社殿前にあったことから名付けられました。
 野中集落の氏神でもある王子社で、江戸時代は「若一王子権現」と呼ばれていましたが、明治42年に近野神社に合祀されました。しかし、高台の上の社殿はそのまま残されて祀りつづけられ、昭和25年に御神体はこの社殿に戻りました。
 明治の神社合祀で各王子社にあった古樹はほとんど伐採されましたが、南方熊楠の運動で高原熊野神社の大楠とこの立派な継桜王子の一方杉が残ったそうです。(2008.1.6)

情報提供:市民の力わかやま

狼乢山の肩に企業の森あり

企業に森林環境保全などに取り組んでいただく「企業の森事業」が全国的に展開されていますが、ここ、田辺市中辺路・狼乢山(おおかみだわさん)の肩のあたりにも2社が参加され、杉の伐採あと地に広葉樹を植林されています。ここからの大パノラマを、皆様にも共有していただければと存じます。

熊野古道・小広王子より南に入り、林道「小広和田川線」を2km程進んだところに展望所があります。「企業の森」はすぐ下で、対面は野中地区、その奥に「果無(はてなし)山脈」が連なります。

さらに林道を、もう1km程も行くと「狼乢山」への登り口の案内板がありまして、往復で小1時間もみていただけば、熊野の「木精たち」が皆さまをお待ちしてます。自生の照葉樹林帯も、ぜひお楽しみ下さい。(2006.7.9)

展望所からの眺望
展望所からの眺望
狼乢山の照葉樹林帯
狼乢山の照葉樹林帯

情報提供:つれもてネット南紀熊野


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