道の駅「ふるさとセンター大塔」
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![]() 3段のお弁当 |
情報提供:市民の力わかやま
鮎川王子の碑のすぐ前の国道311号線、鮎川新橋を渡り富田川の左岸に出ます。右に旧大塔村役場がありますが、この手前を左に少し歩いていくと住吉神社です。巨大なクスノキと鳥居の奥に社殿があります。宝永年間(1704〜1711年)の勧請と言われています。明治初年に住吉神社と改称し、 明治9年から40年まで間に鮎川王子社を始め、熊野剱の宮・若宮神社・権現神社・祇園神社などを合祀ししました。
神社の周りの立派な社叢には、県の天然記念物のオガタマノキの巨木を始めとして、クスノキ、イチイガシ、ホルトノキ、シイ、クロガネモチ、イヌマキ、ムクロジ、スギなどの大きい木々があります。(2008.1.1)
情報提供:市民の力わかやま
稲葉根王子を出て岩田川(今の富田川)を渡り、だるま寺⇒一ノ瀬王子、岩田川に架かる加茂橋を再度渡って311号線沿いを歩いてゆくと鮎川王子に着きます。
鮎川王子の「鮎川」は合川の意味です。愛賀川と岩田川との合流するところから合川⇒鮎川と呼ばれるようになったと言われています。明治初期に住吉神社へ合祀されました。
鮎川王子の石碑の隣には、その石碑よりはるかに立派な大塔宮(おうとうのみや:後醍醐天皇の皇子「護長(もりなが)親王」)劔(つるぎ)神社の石碑があります。足利尊氏に幽閉された後、この地に身を隠した重臣の平賀三郎が宮の劔を祀ったと言われています。また、すぐ傍には「ふれあいやかた」もありますので一息入れて、住吉神社へ向かってください。(2007.12.19)
![]() 鮎川王子 |
![]() 住吉神社に合祀された鮎川王子社 |
富田川に沿って国道311号を北上し、鮎川新橋の一つ上にかかる橋が、地元では「木橋」と呼ばれている「流れ橋」です。「流れ橋」は、「潜水橋」とも呼ばれ、ボルトとワイヤーで留めてあるだけで、大雨で川の水量が増すとボルトを外して川の流れに逆らわないようにします。水がひいたら再び組み立てます。(2006.6.13)
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