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熊野古道と闘けい神社

熊野古道の道分け石ここ田辺は、熊野古道が海沿いを回る大辺路と、山中に分け入る中辺路との分岐点にあたり、北新町商店街には分岐点を示す「道わけ石」が残されています。(2006.4.20)

闘けい神社

湛増と弁慶の像熊野の入口として栄えた田辺には、熊野権現(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)を勧請し建立されたと伝えられている「闘けい神社」があります。「闘けい神社」の名の由来は、壇ノ浦合戦の際に源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当湛増(たんぞう)が、神社本殿の前でどちらに味方をするかを鶏を闘わせ占ったことによるものです。境内の一角にはその様子を再現した湛増と弁慶の像があります。(2006.4.20)

※「闘けい神社」は、正しくは「とうけいじんじゃ」の漢字となります。

TEL 0739-22-0155
駐車場 参拝される方のみ境内に駐車可

耳より情報

弁慶まつりの演劇「弁慶伝説」

毎年10月最初の土曜日に「弁慶まつり」が開催されます。そして、平成26年10月3日に前夜祭として、闘鶏神社境内で演劇「弁慶伝説」が上演されました。
 源義経の家来となった弁慶が、熊野水軍を率いる、父、湛増に、源氏の見方になって欲しいと頼みに行きます。苦渋の選択を迫られた湛増が、闘鶏によって平家に付くか源氏に付くか決めるお話です。
 実際、舞台の上で、鶏を戦わせる場面では、観客も息をのんで見入ります。白い鶏が勝って、源氏の味方似付くことが決まり、熊野水軍をうちつれて出陣する場面で舞う「弁慶の舞」がクライマックスです。(2014.10.6)

弁慶伝説1
京の五条の橋の上
弁慶伝説2
闘鶏の場面

情報提供:花つぼみ

須佐神社

須佐神社は、天王の森、岩船山と呼ばれる小山の中腹に社殿が建立されています。その前には天王池があり、須佐神社は「天王さん」と呼ばれ、親しまれています。由緒書によれば、須佐之男命が曽志毛里(新羅国)より、帰り着いた所に、神武天皇が即位された時に祭祀されたとにと伝えられています。明治時代には、猿田彦神社・稲荷神社・玉置金比羅神社・厳島神社の4社が合祀されました。
 天王池に一時、カワウの大群が住みつき、池の中の小山を白く埋め尽くすほどでしたが、2011年の台風12号襲来後、劇的に数が減り、15号台風龍来後は、すべてのカワウが姿を消しました。糞害に悩まされた地元の方達は、水を溜めた時、カワウが戻って来ないことを、願っています。(2012.2.3)

須佐神社山門
須佐神社山門
須佐神社本殿
須佐神社本殿
天王池
天王池

情報提供:花つぼみ

田辺祭を10倍楽しむ方法

400年以上の歴史をもつといわれる闘けい神社の例大祭。毎年、7月24日・25日の2日間にわたって繰り広げられます。京都の祇園祭のような「おかさ」と呼ばれる笠鉾が8基、旧城下の各商人町から出て2日間にわたって町中を練り歩きます。(2007.7.14)

10倍楽しむコツ 〜当日まで〜

・「お笠」を出す8つの町々では、「お笠」の準備を進めています。
・流鏑馬の「お宿」も準備中です。
  流鏑馬の「お宿」は、笠鉾を持たない5つの地区が1年ごとの持ち回りで担当します。
  その年選ばれたお宅では馬具や神棚が祀られ、神事に使う馬、その世話をする「馬方」、馬に乗る子ども達や、お世話する方達のおもてなしをするお宿です。

(下の写真は、2007.7.21 のようすです。)

本町の「お笠」
準備のできた本町の「お笠」
福路町の「お笠」
福路町では「お笠」準備中。
流鏑馬の「お宿」
流鏑馬の「お宿」

情報・写真提供:花つぼみ

10倍楽しむコツ 〜当日〜

・城下町の名残を残す狭い通りを移動するので、車は駐車場に止めて歩きやレンタサイクルで見て回るのがおすすめです。
・お笠の他、馬に乗った稚児が街中をまわっていたりします。どこかで会えるかも?
・両日とも夜は闘けい神社にお笠が揃い、神事を行います。宮入したお笠が境内にならぶ姿は壮観です。
・闘けい神社前は夜店がたくさん立ち並び賑わいます。また提灯の灯りがきれいです。
・24日夜(9時頃)には、旧会津橋にお笠が並ぶ「曳き揃え」が行われ、田辺祭の名物になっています。川面に映る灯りがきれいです。
・25日朝4時30分から、闘けい神社にて「暁の神事」が行われます。夜の喧騒と対極の、神聖な雰囲気で神事が行われます。早起きしてぜひご覧ください。
・25日昼の旧会津橋での「七度半の使い」「潮垢離」の儀式では、静かながら歴史ある祭を感じられます。

会津橋でのお笠曳き揃え
旧会津橋でのお笠の曳き揃え

情報・写真提供:田辺市サイクリング協会

闘けい神社鳥居前に曳き揃えられた笠鉾
闘けい神社鳥居前に曳き揃えられた「お笠」
福路町の「お笠」日本武尊
上で準備中だった福路町の「お笠」の
日本武尊(にほんたけるのみこと)

写真提供:花つぼみ

炭?

炭クッキーこれは、何でしょう? 炭に見えますね。でも炭ではありません。これはクッキーです。
田辺市の和菓子屋さん「富美堂」の「白炭クッキー」には、紀州備長炭パウダーと黒ごまが入っています。一見「! 粉っぽくない? 舌が黒くなるんじゃない?」と思いますが、これがとってもおいしいんです。見た目と味に二度びっくり。産直のお店でも販売しています。(2007.4.3)

情報提供:市民の力わかやま

蟻通神社

蟻通神社JR紀伊田辺駅の正面から駅前通りを進み、次の信号のある交差点を右へ曲がってしばらく行くと蟻通神社(ありとおしじんじゃ)があります。
昔、外国の使者がやってきて、法螺貝に一本の糸を通すことを命じました。日本の神々が頭を痛めていると、一人の若い神様が「私が法螺貝にその糸を通してみせましょう」と言いました。若い神様は貝の口から蜜を流し込み、捕まえた蟻に糸を結び貝の穴から追い込みました。すると蟻は甘い蜜を辿って 複雑な貝の穴を通り抜け、法螺貝に糸が通りました。
これを見た外国の使者はその知恵に感服して逃げ帰り、日本の神々はたいそう喜んでその若い神様の知恵をほめました。このことから蟻通しの神と呼ばれるようになり、知恵の神と崇められています。
また境内には、クスノキやイチョウ、エノキの大木があります。(2006.12.20)

情報提供:市民の力わかやま

田辺祭

田辺祭の笠鉾巡行 田辺祭は毎年7月24・25日に行われる闘けい神社の例大祭で、和歌祭、粉河祭とともに紀州三大祭の一つです。昭和44年7月14日に県指定文化財(無形民俗文化財)に指定されています。
 2日間にわたって、時代衣装に身を包んだ人々と、「お笠」と呼ばれる8基の山車が古式ゆかしく街を練り歩いていき、闘けい神社には夜店が出て多くの人で賑わいます。

 24日は、闘けい神社から江川(えがわ)御旅所(現 漁協荷捌所)への御輿渡御(みこしとぎょ)から始まります。
 途中、「お笠」と呼ばれる笠鉾(かさほこ)と合流し、江川御旅所にて潮垢離(しおごり)神事が行われます。午後は市内を巡行し、夕刻には闘けい神社でお勤めを行います。
 その後、夜9時頃に旧会津橋にて全てのお笠が曳き揃えられます。川面に映る灯りが美しい、田辺祭の名物です。

 25日には、早朝から暁の神事、笠鉾巡行、昼頃には旧会津橋にて「七度半の使い」「潮垢離」の儀式が行われ、夜には闘けい神社にお笠が揃い、宮入の儀式などが行われます。
(2006.7.24)

情報提供:わかやまインターネット市民塾


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