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湯川温泉とゆかし潟

湯川温泉

湯川温泉は約1500年前、伊勢から来た二人の老人が土地の人々の親切なもてなしに応えて、榊の枝で土地を撫でると温泉が湧きだし薬師如来の石像が現れたことに始まる由緒ある温泉です。その後、熊野詣の湯垢離(ゆごり)場として栄え、良質の湯で懐かしい気分をゆったり味わうことができます。また、誰でも手軽に入れる公衆温泉施設もあります。(2006.3.31)

喜代門の湯

きよもん湯もと名門温泉旅館「喜代門屋」だったことに由来する日帰り入浴専門の施設です。純和風の建物で、源泉かけ流しの内湯は石材をふんだんに使用しています。湯上り処からはゆかし潟が望めます。大浴場のほか貸切の家族風呂があります。

場所 バス停湯川温泉下車
料金 大人500円、小人300円
時間 12:00〜23:00
定休日 なし
駐車場 13台
TEL 0735-52-0880

桜湯

桜湯ゆかし潟にも近い、美しい緑に囲まれた閑静な温泉です。天然温泉のなめらかなお湯でゆったりほっこりできます。露天風呂、家族風呂もあり、無料休憩室や飲食コーナーも完備されています。那智山開創の古より知られる良質の天然温泉をゆっくり満喫してください。

場所 バス停桜ヶ丘下車
料金 大人400円、小人200円
時間 7:00〜23:00
定休日 なし
駐車場 40台
TEL 0735-52-6866

ゆりのやま温泉

ゆりのやま温泉ゆかし潟の奥、静かな環境とすばらしい景観の風情あふれる温泉です。木造の落ち着いた建物の中には、湯船からあふれ出るたっぷりの湯、水栓のない蛇口から流しっぱなしの湯、ぜいたくなばかりに温泉の醍醐味を味わえる日帰り温泉施設です。

場所 バス停二河より7分
料金 大人300円、小人200円
時間 9:00〜22:00
定休日 毎週金曜日、祭日は営業
駐車場 20台
TEL 0735-52-5106

四季の郷温泉

四季の郷温泉入浴と温泉水の販売をしています。地下430mの源泉から湧き出した水は軟水で、ミネラルが豊富に含まれ、まろやかな口当たりは飲み水に適しています。ph9.8の完全イオン水で無味無臭。1年保存しても飲用できるので、災害の時の備えとしてもOKです。

場所 バス停二河より15分
料金 大人500円、小人250円
時間 10:00〜21:00
定休日 1月1日・2日のみ
駐車場 20台
TEL 0735-52-2515

ゆかし潟

ゆかし潟
ゆかし潟
ゆかし潟
ゆかし潟入口(国道42号線)

湯川温泉の脇にある「ゆかし潟」は、淡水と海水が混じりあった周囲2.2kmの小さな汽水湖。「ゆかし潟」の名は、春は桜、冬場には水鳥がその景観に幻想的な美しさを与えることから、郷土の詩人・佐藤春夫が名づけました。
(歌文:なかなかに名告ざるこそ床しけれゆかし潟ともよはゝ呼はまし)(2006.3.31)

耳より情報

玉の浦

玉の浦那智勝浦町下里の日本一短い二級河川「ぶつぶつ川」が注ぐ小さな浜が「玉の浦」です。玉石の産地としても昔から知られていますが、その風光明媚さから柿本人麻呂などの万葉歌人や、平清盛の異母弟で一の谷の戦いで戦死した薩摩守平忠度(ただのり)などの歌に詠まれています。

「荒磯ゆもまして思へや玉の浦の離れ小島の夢にし見ゆる」(作者不詳、万葉集)
「我が恋ふる妹は逢はさず玉の浦に衣片敷きひとりかも寝む」(柿本人麻呂、万葉集)
「小夜ふけて月かげさむみ玉のうらのはなれこじまに千どりなくなり」(平忠度、壽永百首)
 (2012.11.19)

情報提供:古座川街道やどやの会

浦神の虫喰岩

浦神の虫喰岩那智勝浦町浦神湾に面した国道42号線の急カーブに虫喰状の岩山が急に現れます。古座川町の「高池の虫喰岩(国指定天然記念物)」や「牡丹岩」に良く似たこの岩山は、それらの岩(流紋岩質火砕岩)と同質のもので、和歌山県で唯一「日本の地質百選」に選ばれた、東西約22kmにわたって続く「古座川弧状岩脈」の西の端にあたります。この岩脈は、約1500万年前に活動した「熊野カルデラ」火山南壁の地下火道で形成されたものといわれており、火山の地下構造が直接見られる点で貴重な地質遺産とされています。
国の天然記念物「高池の虫喰岩」と規模的に遜色ないにもかかわらず、この岩は最近になってようやく、その価値が認められ、那智勝浦町の天然記念物に指定されました。というのも「高池の虫喰岩」は熊野古道大辺路の山越えルートにあたり、古くから知られていたのに対し、海に面した浦神の虫喰岩のところに道が出来たのは近代になってからという事情があります。(2012.11.4)

情報提供:古座川街道やどやの会

下里の古い町並み

那智勝浦町下里は町家風の古い家並みや石垣の塀など、歴史を感じる景観が比較的よく残るエリアです。旧回船問屋をはじめ、文豪佐藤春夫のルーツである懸泉堂、新宮藩の藩医をつとめた伊達家の蛾洋楼跡、西村伊作設計の紀南基督教会など、江戸〜明治〜大正時代に建てられた家並がところどころに残っています。
下里は大辺路からは外れていますが、太田川の河口に発達し、江戸〜明治期には古座川と並び称せられる、太田川上流に産する最高級の紀州備長炭や木材の集散地として栄えました。そうした経済力の上に、懸泉堂や蛾洋楼など寺子屋や私塾が盛んで、とりわけ教育に熱心な地域でもありました。その名残が町並みの風情にも現れています。(2012.10.31)

下里の古い町並み1
下里の古い町並み1
下里の古い町並み2
下里の古い町並み2
下里の民家の石垣
下里の古民家の石垣

情報提供:古座川街道やどやの会

懸泉堂

『望郷五月歌』、『田園の憂鬱』などの詩や小説で知られる新宮市出身の作家、佐藤春夫(1892-1964)の父の生家が那智勝浦町下里に現存しています。佐藤家は下里で代々続く医家で、春夫の曾祖父で歌人でもあった佐藤百樹は、ここに私塾「懸泉堂」を開きますが、その子でやはり歌人として活躍した豊大郎は新宮に移り「熊野病院」を設立、そこで春夫が誕生しますが、1924年から下里の実家に戻り、赤く塗ったユニークな外観の洋館を増築し、文化活動を続けました。ここには文豪、谷崎潤一郎も訪れたそうです。
 懸泉堂の母屋は江戸時代に建てられ、春夫の父が増築した洋館も大正時代の建築で老朽化が進んでいるため、紀南文化の貴重な遺跡として国の登録文化財に指定して保存を計ろうとする運動も起きています。なお、現在懸泉堂は非公開です。(2012.10.24)

懸泉堂
懸泉堂
懸泉堂2
懸泉堂の母屋

情報提供:古座川街道やどやの会

駿田峠と加寿地蔵

加寿地蔵那智勝浦町中心部と湯川温泉を結ぶ旧県道の山道に大きな掘割があり、ここが熊野古道大辺路の駿田峠(するだとうげ)です。掘割の山側に参道の石段があり、少し登ると「加寿地蔵(かすじぞう)」の祠があります。その昔、熊野詣の途中に亡くなった三姉妹の長女、歌子姫を祀った地蔵と伝えられ、下半身の病に効能があると信じられています。そして石段の途中の小さな地蔵は妹を祀ったものと言われています。
 毎年、10月24日は加寿地蔵の例祭として法要が執り行われてきましたが、近年になって、加寿地蔵世話人会がイベントとしての盛り上げをはかり、春にも祭りを実施。創作太鼓や踊りなどの上演も加え、「姫祭り」として定着させようと活動しています。また、地蔵の反対側の掘割上の平地に世話人会の手で杉皮葺きのトイレなどの小屋がつくられており、そこから那智の浜や勝浦の市街が見渡せる展望台にもなっています。(2012.10.9)

駿田峠
駿田峠
那智勝浦遠望
那智勝浦遠望

情報提供:古座川街道やどやの会

子抱き地蔵

子抱き地藏串本町上田原から那智勝浦町中里へ抜ける八郎峠越えの古道は、地元では「代官道」と呼ばれ、新宮の水野藩の役人などが公用で使ったことがうかがえるルートです。上田原には「なちみち」と書かれた道標地蔵があることから、那智山参詣道としても使われたと思われます。
 峠から下って中里へ降りたところの小川の橋のたもとに「子抱き地蔵」が祀られています。子供を抱いた地蔵菩薩のやさしい姿が印象的で、その前の清水石が道標となっており、中央に「奉再建地蔵」左右に「右ハやまみち 左ハこざみち」と刻まれ、古座へと至る道であることが示されています。また、右側面に「文政五午正月」、左側面に「願主 孫次良」と刻まれています。(2012.9.30)

子抱地藏道標1
道標1
子抱き地藏道標2
道標2

情報提供:古座川街道やどやの会

十三代亀山城主の供養塔

亀山城主湯川温泉の名勝「ゆかし潟」周辺を通る熊野古道大辺路沿いに中世の五輪の塔があり「十三代亀山城主」と説明されています。これは日高郡の亀山城を本拠地として戦国時代に活躍した湯川党の十三代、湯川直春(?〜1586年)が豊臣秀吉の紀州攻めに抵抗して、一旦この地に落ち延びたことに由来する供養塔といわれています。湯川直春は亀山城に自ら火を放って撤退しますが、その後も秀吉軍は湯川勢を打ち破ることができず、本領安堵を条件に和睦することになりましたが、結局直春は秀吉に謀殺されたと伝えられています。(2012.8.20)

情報提供:古座川街道やどやの会

下里古墳

下里古墳那智勝浦町下里に現在確認されている本州最南端の古墳があります。1928年(昭和3年)に発見され、翌年発掘調査され、鏡、ガラス玉、鉄剣など多くの副葬品が出土したと伝えられますが、残念ながら現在それらは行方不明になっています。出土品の中でも「玉杖」と考えられる碧玉製管玉(くだたま)は、被葬者が権力者であったことを示唆するもので、注目されています。築造年代については古墳時代前期の4世紀末ごろと推定されています。
 形状は前方後円墳で、全長約45m、後円部の径約22m、墳丘の高さ約2.5mで、周囲には幅約5mの環濠がめぐらされていました。前方部には明治期まで神社が建てられ、ほとんど封土が失われていますが、ここに竪穴式石室があり、今もその石材の一部が残っています。また、後円部の斜面には葺石として用いられた河原石が今も残っています。
 下里古墳は、紀南で現在確認されている唯一の古墳であり、被葬者の地位の高さを示唆する出土品が多いことから、昭和51年に国の史跡に指定されています。
 アクセスは、国道42号線沿いエネオスGSの南側の細い道を海側に入り、竜蔵寺の石垣に沿って線路方向に進めば古墳見学者用の駐車場に出ます。(2012.6.18)

情報提供:古座川街道やどやの会

日本基督教団紀南教会

日本基督教団紀南教会那智勝浦町下里の太田川河口近くに新宮市出身の建築家で文化学院の創立者として知られる西村伊作(1884-1963年)設計の日本基督教団紀南教会(大正14年築。国の登録有形文化財)があります。西村伊作は画家、陶芸家、詩人としても活躍した大正ロマンを代表する文化人のひとりで、自身クリスチャンでもあり、他にも教会を設計しています。この教会が建つ河口の干潟には貴重なハマボウの群落があり、今が見頃です。(2011.7.7)

情報提供:古座川街道やどやの会

日本一短い川、ぶつぶつ川

ぶつぶつ川本サイト「活動紹介」の「その他の事業・下里版探訪会」でもその名がでてくる、那智勝浦町粉白(このしろ)の「ぶつぶつ川」が、10月21日、和歌山県により2級河川に指定され、「日本一短い川」が誕生しました。ぶつぶつ川は、長さ13.5mで、北海道島牧村のホンベツ川(全長30m)を抜いて「日本一」になりました。ぶつぶつ川は粉白川に流れ込む支流で、地下からふつふつと水がわき出ることから名付けられたそうです。
ところで、日高川が日本一長い二級河川ですから、和歌山県内に、二級河川で日本一長い川と短い川が揃ったことになります。(2008.10.21)

写真提供:和歌山県 県土整備部 河川・下水道局 河川課

情報提供:市民の力わかやま

耳ノ鼻

耳ノ鼻は、玉ノ浦海水浴場の向いにつきだした岬で、耳ノ鼻付近から太平洋側の海岸一帯は人の手が入っていないこともあり、自然のまま残された、いわば秘境です。磯あり、岩場あり、洞窟ありのスリルが味わえます。近くの磯には、磯釣りのポイントが多く、ゆったりと釣りを楽しめることから、遠くからの釣り客も多いです。浦神駅より1時間以上かけて歩いていくこともできますが、道が分かりにくいため、地元の人に聞くことをお勧めします。(2007.8.26)

耳の鼻
耳ノ鼻
耳の鼻の洞窟
耳ノ鼻の洞窟

情報提供:市民の力わかやま

二河(にこう)の火祭り

紀伊勝浦から国道42号を少し南へ行って、三川小学校のところから二河川を少し遡ると三光山金剛寺があります。この三光山金剛寺では、毎年8月23日に「二河の火祭り」が行われます。約500年の歴史を持つ荒供養です。室町時代の永正7年(1510年)、金剛院裏山にある宝篋印塔(ほうきょういんとう)に祀られた霊を供養するために始まったと伝えられています。
 火祭りの日は、まず伝統の白装束(しろしょうぞく)に身を包んだ若者たちが本堂で採火し、両手にたいまつを持って寺の裏山に駆け上がります。裏山にある目神八幡神社(めがみはちまんじんじゃ)の社前から、昔はお堂の上高く枝を張り巡らせた松の大樹にたいまつを投げていました。今は張り巡らせた鉄線に投げます。たいまつの炎で山が赤く染まる、勇壮な祭りです。(2007.7.25)

二河の火祭り
二河の火祭り
三光山金剛寺
三光山金剛寺

情報提供:市民の力わかやま

大泰寺

大泰寺薬師堂下和田にある大泰寺は那智勝浦町の歴史を考える上で重要な宗教拠点であると共に、文化財の宝庫です。特に薬師堂に納められている薬師如来座像は、かつて一般の拝観が禁じられていた秘仏で、檜(ひのき)の割矧ぎ(わりはぎ)造りで平安後期の作といわれており、国の重要文化財に指定されています。関南七薬師(かんなんしちやくし)、昇南七薬師(しょうなんしちやくし)とも呼ばれています。ほかにも日光、月光(がっこう)両菩薩および十二神将など貴重な文化財が共に祀られています。また、耳のお寺としても有名です。(2007.5.24)

情報提供:市民の力わかやま

瑠璃光山湯泉寺

湯泉寺 湯川温泉を訪れた弘法大師が温泉の薬効を喜び、薬師堂をつくって瑠璃光山湯泉寺(るりこうざんとうせんじ)と名付けたといわれています。
 湯泉寺は熊野七薬師(くまのしちやくし)の一つです。この薬師如来は、足の神さまの宿る場所として崇拝され、お堂には、温泉につかり薬師様にお参りしたおかげで不要になった杖がたくさん奉納されています。毎年4月12日に行われる「湯川お薬師祭(ゆかわおやくしさい)」ではご本尊の「薬師如来像」がご開帳され、初汲みの湯を献上する献湯(けんとう)、温泉で蒸し上げたお餅の餅投げがあります。また寺には樹齢300年の松の木から桜の枝が伸びる珍木があります。春には白い花が咲き、毎年新聞やテレビで話題になります。この桜はオオシマザクラと思われます。(2007.5.4)

情報提供:市民の力わかやま

ヒオウギ貝

水のきれいな浦神湾では、ヒオウギ貝の養殖が盛んです。ヒオウギ貝は、昔、公卿や殿上人が用いた優美な桧扇に似ていることから名づけられたカラフルで美しい貝です。ヒオウギ貝の身はホタテ貝より少し小さいですが、その味は濃厚で刺身、網焼きなど、いろいろな調理方法でおいしくいただけます。食べた後の貝殻は外側をきれいに磨いて工作などに利用できます。ヒオウギ貝のオーナー制度もあり、夏休みには工作教室や網カゴの交換などに参加することができます。もちろん大きくなったヒオウギ貝を送ってもらえます。(2006.10.4)

水揚げされたヒオウギ貝
大きくなって水揚げされたヒオウギ貝
ヒオウギ貝を使った工作
カラフルな貝殻を使った工作

情報提供:市民の力わかやま


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