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発心門王子

発心門王子熊野古道沿いに残る「熊野九十九王子」は熊野権現の子神を祀る社で、その中で格式の高い「五体王子」の一つが、この発心門王子(ほっしんもんおうじ)です。「菩提心を発す門」という意味で、聖域熊野本宮の入り口で、以前は、大鳥居が建っていたそうです。(2006.3.31)

耳より情報

猪鼻王子

猪鼻王子猪鼻王子は、発心門王子の社殿の真向かいに船玉神社と書かれた鳥居を抜け、しばらく歩いた道下の林の中にあります。ここは、音無川の水源付近です。
 定家の『御幸記』は猪鼻、『中右記』は亥之鼻、『九十九王子記』では井鼻という地名で記載がされていて、後鳥羽上皇の御幸、1200年以前に王子ができたと考えられています。(2010.1.13)

情報提供:市民の力わかやま

水呑(みずのみ)王子

水呑王子発心門王子を出発点として熊野本宮大社に向かう熊野古道は、大門坂と共に一般の人が最初に歩く最もポピュラーな古道らしい趣を持ったコースです。発心門から30分、最初の王子が「水呑王子」で、弘法大師が杖で地面を突くと、そこから水が噴き出したという言い伝えのある古い歴史のある王子社のひとつです。平安末期の藤原宗忠参詣記(中右記)に「内水飲王子 新王子」と記載があり、当時に新しく祀られた王子であったと思われます。もとは「内水飲」といわれていましたが、江戸時代になって「水呑王子」といわれるようになりました。
 現在は社殿はなく明治43年神社の統廃合により町内の三里神社に合祀され、平成12年に国の史跡に指定されました。「水呑王子」と刻まれた緑泥片岩の石碑の横には、地元の人々の信仰を集める腰痛のお地蔵さま(地蔵菩薩立像と坐像)が鎮座されています。(2009.10.10)

情報提供:市民の力わかやま

侘しい廃村跡

湯川王子を過ぎ三越峠を越えると本宮町です。船玉神社に近づくと古道沿いに廃村跡というか廃集落跡の「家屋が建っていた石積み跡に植林した侘しい光景」がここそこに見られます。五右衛門風呂の残骸も悲しい笑みを誘うばかりです。
 最近、限界集落論議が盛んに行われています。立派な新しいコンクリート道路沿いがこのような光景になりかねません。これを見ることはもっと悲しいでしょう。(2008.8.22)

廃村跡1
廃村跡
五右衛門風呂の残骸
五右衛門風呂の残骸

情報提供:市民の力わかやま

お迎え人形2

夫婦人形発心門王子から本宮大社をめざして水呑王子付近の集落まで来ると、民家のご夫婦がわざわざ出迎えて呉れている。感激?! 近づいてよく見たら動く人形でした。
 さらに歩いていくと民家の傍らに次々とユーモラスな手彫り人形の登場です。
 たくさんのふくろうの群れと導師さま?! 招き狸?? 今度は? かわいいこぐま??
 歩くのが楽しくなって、熊野古道を歩いてきた疲れも吹っ飛びます。(2008.2.11)

ふくろう
ふくろうの群れ
招き狸
招き狸??
こぐま
こぐまちゃん?

情報提供:市民の力わかやま

船玉神社

船玉神社湯川王子から三越峠を越え、猪鼻王子に向かいます。赤城越えの分岐点を過ぎたところに船の神様を祭ったと言われている船玉神社があります。
 昔、玉滝という滝があって、その滝つぼで神様が行水をしていると、急に大雨となりました。折しも滝つぼに浮かんでいた一匹の蜘蛛がその大雨に溺死しそうになり、それを神様が見て、榊の葉を投げてやりました。蜘蛛はその葉に乗って、手足を使って船を漕ぐようにして無事に岸にたどり着きました。その様子を神様が見て、船というものを思い付き、楠をくりぬいて丸木船を造った。これが最初の船であったといわれています。(2008.2.1)

情報提供:市民の力わかやま

お迎え人形

お迎え人形発心門バス停の横に「案山子」が立っている? 良く見ると、「ようこそ熊野古道へ」と書かれた布を持っている。長い山道を歩いてきた旅人への地元の人たちの配慮が心憎い。
 あれ!人形の手が上がった。一定の時間がたつと、2体の人形の片手や両手を上げるのです。バケツに流れ込む水が一杯になって流れる時に、人形の腕が上がる仕組みになっているのです。
 また、このあたりには、地元の農産物を販売している格安の無人販売所が多いのも嬉しい。人形が「ありがとう」と言ったりするようになるかも。(2007.3.4)

情報提供:市民の力わかやま


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