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熊野古道大辺路 仏坂

大辺路仏坂
大辺路仏坂

仏坂(ほとけざか)は、日置川町安居(あご)の日置川を渡った対岸からすさみに通じる古道で、古い面影を今に残しています。
登り口からうっそうとした杉林の中を急坂が続き、「桂松」とよばれる一里塚の松や仏坂茶屋跡があります。
入谷橋のたもとには、大きな石の上にほこらがある地主(じのし)神社があります。(2006.3.31)

耳より情報

路肩のお地蔵さん

路肩のお地蔵さん県道に出るとすぐに地主神社ですが、この道を進むと約1時間で周参見王子神社です。この県道の路肩にはお地蔵さんが大事にお祀りされています。里道を県道に拡幅する時に残されたのでしょうが、コンクリートの路肩の中にも残されているのには驚かされます。村人の祈りと優しさが感じられます。
 県道を20分ほど進むと、左手にフェンスが張られている長い階段が現れ、その上に大師堂があります。大師堂は特に大辺路には数多く残されています。この大師堂には、入り口右手に空海の手をかたどったと言われる石碑があります。(2008.7.8)

路肩のお地蔵さん2
路肩のお地蔵さん
太子堂
大師堂

情報提供:市民の力わかやま

地主(じのし)神社

地主神社入谷不動尊を過ぎて県道に出る手前を右に約20mほど進むと、建物の社がない珍しい神社があります。
背後の巨石を含む森林全体がご神体、榊がご神体、いや天狗を祀っているのだといろいろな説があります。地元で「空神さん」と呼んでいる人もあるようです。現在は、中央奥の壇上にある神木は、老木や大木ではなく、高さが6mほどのサカキです。(2008.6.13)

情報提供:市民の力わかやま

仏坂からの眺望など

安居の渡し場跡から急な上り30分、その後約60分ほどの比較的平坦な道続き、急に下って入谷不動尊⇒地主神社までが仏坂です。この仏坂は開発の手がほとんど入っていませんので、大辺路の中でも特に古い面影を残したコースです。ところで「仏坂」の由来にはいろいろな説があります。険しい山道のため息絶える者が多く、死者=仏ということからこの名がついた。また、生い茂った草がわらじのひもに引っかかって「ほどける」が訛って「ほとけ」になったなどです。(2008.6.7)

仏坂からの眺望
仏坂から日置川の河口を望む
仏坂の道標
仏坂の道標
仏坂の可憐な花
仏坂の可憐な花

情報提供:市民の力わかやま

安居(あご)の渡し

富田坂を下りてきて「安居の渡し」の川舟で日置川を渡りました。今の川幅は30m程ですが、昔は約80mありかなりの水量で、平田船と呼ばれていた木造の川舟が昭和の初期まで行き来していたそうです。
現在、仏坂へはJR紀伊日置駅からバス7分の口ヶ谷バス停から日置川を渡り、天狗の里を通って、約20分歩くと仏坂の登り口に着きます。日置川に沿って上流へ更に約30分ほど細い道を歩きやっと「安居の渡し仏坂側」に着きます。仏坂の険しい道が続きます。(2008.6.3)

安居の渡し富田坂側
安居の渡し(富田坂側)
安居の渡し仏坂側
安居の渡し(仏坂側)

情報提供:市民の力わかやま

周参見王子と歴史民俗資料館

周参見王子神社 仏坂を下りてくると、JRすさみ駅まで、後10分というところに「周参見王子神社」があります。天文15年(1546年)、当時の周参見領主、左衛門太夫藤原氏安によって、那智大社から勧請してきたものと言われています。主神は天照大御神です。この王子神社には、数十点の絵馬が奉納されていることで有名です。中でも30点余の船絵馬からは、稲積島の浮かぶ天然の良港、周参見港が荒海の熊野・枯木灘を行き交う浪速・江戸航路の中継地・避難港として栄えていた当時の様子を伺うことができます。
 神社の境内にある「すさみ町立歴史民俗資料館」には、すさみ町の生活・産業資料や古文書、上ミ山古墳出土品、周参見王子神社奉納絵馬など歴史的・民俗的資(史)料を保存・展示しています。開館は火・土曜日(9:00〜16:00)で、入館は無料です。(2007.3.27)

情報提供:市民の力わかやま


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